2015年02月09日

経済学者は「役に立たない職業」なのか 経済危機の予測に、ことごとく失敗してきた

1:2015/02/09(月) 00:35:24.62 ID:

経済学者は「役に立たない職業」なのか | グローバルアイ | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
http://toyokeizai.net/articles/-/59972


2007〜09年の世界金融危機および不況以降、経済学者への批判が強い。危機を予測できた経済学者はごくわずか。人々の幸せな生活にこれ
ほど重大な影響を与える出来事を予測できなかった人たちが、何の役に立つのか?

経済学者は20世紀の主要な危機の予測にことごとく失敗している。1920〜21年の深刻な不況しかり、1980〜82年の連続不況しかりだ。何よりも
1929年の株式市場の暴落に端を発した大恐慌。これら不況の1年前には、経済学者からの警鐘は数えるほどだった。

経済学者は未来を予測できない

その中で最も警鐘らしいのは、1980〜82年の景気低迷の前に発せられていた。1979年、当時のボルカー・米国連邦準備制度理事会(FRB)議
長は、米議会に、米国は「不快な経済状況」に直面しており、「難しい決断、自制、そして犠牲さえも必要」と発言している。急速に進むインフレを
食い止めるためのFRBによる劇的な手段の必要性が高まり、1979年の石油危機の効果と相まって、深刻な不況の可能性が上昇していたのだ。

にもかかわらず、経済学者たちのコンセンサスはつねに、危機はないというものだった。大恐慌を予測した発言を公に行った経済学者はほぼ皆
無だった。

1つの大きな例外がスウェーデンの経済学者、カッセルだ。1928年、米コロンビア大学での講義で、「長期的かつ世界的な不況」について警告し
ている。


当時の報道では、1929年に危機が発生した後に経済学者に対して世間の怒りが向けられた記録はほとんど見られない。では、なぜ今回の危機
を予見できなかったことに対して、経済学者に対してこれほどまでに不信感が募ったのだろうか。
理由の1つに、多くの経済学者たちが「効率的市場仮説」を得意気に宣伝したと受け止められていることが考えられる。資産価格の暴落を否定す
るような仮説だ。何が最善かはつねに市場が知っているという考えの下、彼らは一握りの下々の者(私も含め)が発した、株式や住宅の価格高騰
に関する警告を無視した。

だが、この批判は不公平だ。病気をすべて予見できなくても、われわれは医者を責めない。同様に、ほとんどの経済学者は株式市場や失業率
に関する統一的見解を形成することとは大きく懸け離れた課題に心血を注いでいる。われわれはそのことに感謝すべきだ。

新著『Trillion Dollar Economists』の中で米ブルッキングス研究所のライタン氏は、経済学者という職業が「米国および世界各国で数兆ドルの所
得と富を生み出した」と主張する。規模の小さい分野であることを考えれば、かなりの貢献といえる。米国経済学会の会員数はわずか2万人だが、
彼らが仮に2兆ドルの所得と富を作り出したとしたら、経済学者1人当たり約1億ドルの計算になる。

ライタン氏の著書で面白いのは、会社の経営や経済の舵取りについて、いくつものちょっとしたアイデアが詳細に記載されていることだ。それら
のアイデアは最適価格形成やマーケティングのメカニズム、独占の規制、天然資源管理、公共財の供給、金融学といった分野のものだ。

イノベーションの効用

シーグフリード氏が編集した2010年の書籍『Better Living through Econom―ics』では、そのようなイノベーションの実世界における影響が強調
されている。排出権取引や勤労所得控除、低い関税率、ウェルフェア・トゥー・ワーク(福祉から就業へ)プログラム、より効果的な金融政策、周
波数帯域免許のオークション、輸送部門の規制緩和、受け入れ保留アルゴリズム(DAアルゴリズム)、独占禁止政策、全志願制の軍隊、デフォ
ルトオプションの賢い利用による定年後のための貯蓄推進、などだ。

ライタン氏らの著作からは、経済学者たちが膨大かつ極めて重要な成果を生み出したとわかる。その特徴は、確実な証拠を提供するための真
剣な努力だ。医者と同様に、彼らもまた人々の生活を発展させてきたのだ。


★1 投稿日:2015/02/08(日) 07:30:56.71
前スレ
【東洋経済】経済学者は「役に立たない職業」なのか 経済危機の予測に、ことごとく失敗してきた・2ch.net
http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1423367596/

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posted by SEAMAN at 02:39| 千葉 🌁| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【ISIL】 「イスラム国」:交換目前で交渉決裂か 後藤さんと死刑囚

1:2015/02/08(日) 11:16:48.25 ID:
毎日新聞 2015年02月08日 09時00分

後藤さんの足取り 

 イスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)による人質事件で、フリージャーナリストの後藤健二さん(47)救出に向けた動きの一端が関係者への取材で明らかになり始めた。
ISが釈放を要求していた前身組織のメンバーでヨルダンに収監中だったサジダ・リシャウィ死刑囚との交換交渉が1月28日ごろに成立目前だった可能性が浮上。
後藤さんの妻に対する身代金要求メールを受けたIS側との交渉には、英国の危機管理コンサルタント会社が関与していた。秘匿されている事件のプロセスが判明した。

 「日本人の人質がトルコとの境界付近に連れて行かれたが、その後(シリア北部の)ラッカの拘束場所に戻されたと聞いた」

 ISの支配地域に通じるトルコ南部アクチャカレ検問所近くで、ISの動向に詳しいラッカ在住の貿易商がそう打ち明けた。検問所の東方約5キロにはイラク系有力部族ドレイミ族の支配するシャッダーダ村がある。
ドレイミ族はISのバグダディ指導者の妻の出身部族でISと関係が深い。後藤さんはいったん、この村に連れてこられた可能性があるという。

 検問所を挟んだIS支配地域側で28日、この情報を裏付けるような異様な動きがあった。「正午ごろにIS側に入った時、知り合いの(ISの)警備担当幹部に『通るなら早くしろ、忙しくなる』と言われた」
「(午後には)いつも通るラッカへの道が一時的に(ISにより)封鎖されていた」。この検問所付近で密貿易に携わり、日常的にIS側との間を往復する複数のシリア人が明かした。

 ヨルダン国内でも交渉進展の動きがあった。治安関係者にパイプを持つヨルダンのアモン通信のアルファイズ記者は「交換の可能性は本当にあったようだ」と話す。
リシャウィ死刑囚は28日にアンマン南部のジュワイデン刑務所から情報機関が運営する刑務所に移送されたという。しかし最終的にはIS内部の意見対立が影響し、交換は頓挫したとみられる。

 前日の27日、ISは昨年12月に身柄を拘束したヨルダン軍のパイロット、カサスベ中尉の名前を出し、リシャウィ死刑囚を釈放すれば後藤さんを解放し、中尉は殺害しないとの条件を提示。
29日の声明では同日日没までに死刑囚をトルコ境界まで連れてくるよう要求していた。

 ◇英コンサルも関与

(記事の続きや関連情報はリンク先で)
引用元:毎日新聞 http://mainichi.jp/select/news/20150208k0000e030124000c.html

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posted by SEAMAN at 02:14| 千葉 🌁| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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